2012年4月17日火曜日

機械翻訳、言語空間、翻訳のコモディティ化

こういうニュースがありました。

秋田→飽きた ナマハゲ→はげ頭病 「機械翻訳で…」誤訳多数 観光庁が東北観光博サイト閉鎖


ビジネス倫理的な部分で話にならないのは確かですが、ここに出てくる「IT企業」が観光庁に対して何を納品する契約になっていたのか。高品質の翻訳なのか、それとも自動翻訳機能のついた多言語ウェブサイト(あるいはシステム)なのかによって、話は違ってきます。わざわざこんな退屈なことを書いたのは、ここに出てくる「IT企業」と翻訳者では扱っている商材が異なるから。

そもそも、機械翻訳という言葉の理解が、業界内でもバラツキがあるというのが現状かと思います。こうした状況で外部に対して「正しい理解」を求めるのは難しいです。

で、機械翻訳の意味とはといえば、世の中的には人間の行なっている翻訳作業を代替する技術と理解されていると思います。業界内では、人間の行なっている翻訳作業の一部を代替する技術という認識が広まってきていると思います。

現在注目されている手法は、機械翻訳のアウトプットの結果を人間が修正して仕上げていくものです。言い方を変えると、機械と一緒に翻訳をしていく、あるいは機械翻訳の結果をインターリンガとして用いるという方法です。この場合の機械翻訳は、ひとつの技術というよりは、手技と機械の混成体です。
※そんなわけで、機械翻訳という名前自体が、誤解の元になりつつあるというのが現状です。それが有効となる文脈外で使われた結果でもって、「機械翻訳なんて使えないや」というのは、開発者の方にとっても不幸な結果を招きますし、将来役立てることのできる可能性を狭めてしまうので、どんなものかなと思います。しかし別の言葉がないものかと思うのですが、無いのですね。上述の、人間が修正して仕上げる工程はポストエディット(事後編集)と呼ばれていますが、これもまたより適切な名前が見つけられるべき言葉だと思います。
なぜそうなるかは、翻訳という行為の定義にも関わってくるところです。ある言語の情報を他の言語に移し替える際には、単語の用法や文法などのある程度定まった諸規則の他に、時代や文脈とともに変化する言葉や文体の流行り廃り、それらの選択基準を考慮する必要があります。

これらの総体を、プログラミングでいう名前空間のようなイメージで、とりあえず言語空間と呼びましょうか。ともかく、最終的にターゲット言語空間の「どこ」に落としこむかの判断は人間にしかできません。完全な機械翻訳は、今のところ存在しません。そういう人工知能でも開発できれば別でしょうが。

この探索を行う空間の広さ(狭さ)が翻訳の鍵であり、読み手にとっての解釈の余地の問題です。クリエイティブな文章というのはこの探索する空間が広い、あるいは空間そのものを拡張しているものだと思います。一方で、産業翻訳では文書の構造と、文節内での用語の定義やスタイルを決めることにより、探索する空間を限定しようとしています。ここまで来れば見当がつくと思いますが、機械翻訳がどのような内容のものに適しているのかといえば、この言語空間が限定されたものです。

問題になった東北の件などは、「秋田→あきた」という言い替えに特徴的なように、解釈の余地が広がる表現を用いているので、当然ながらブレが出やすいです。人間なら「あきたは秋田の書き下し」であると文脈から推察できますが、機械にはできません。担当した会社は用語集(というよりは定訳集でしょうね)を請求したのもこうした背景あってのことです。とはいえ、往々にしてこういう場合に用語集、無いものです。わたしもよく砂を噛みました。(これについては、こちらで)

個人的には、ここで述べているようなテクニカルな点を除いても、いずれどこかでこうした問題は起きるだろうなあと思っていました。短納期や低単価の案件に限らず、明らかに機械翻訳を使った成果物に出会ったことが何度もあり、チェックが甘ければ流出する可能性は十分にありました。

そもそも、翻訳は買い手が納品物に対する評価を適切にできない可能性が出てくることから(特に多言語を扱っている場合には)、レモン市場になりやすい特徴を持っています。全体としてそうなっていないのは、翻訳者をはじめとした関係者の職業倫理で支えられている部分が大きいと思います。ただ、それも色々な要因で崩れやすくなっていますし、そもそもが全員に期待するべきものでもありません。

とはいえ、それを嘆いていてもしょうがない。個人的には、翻訳(特に産業翻訳)はコモディティになりつつあるのだと思っています。その上で、市場の動きとしては、コモディティに対してはそれがもたらす機会よりもリスクに敏感になるものですので、ビジネスとしてやっていく上ではそこが鍵になるのだろうと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿