2012年4月4日水曜日

カバーヨ・ブランコの死とニューエイジの書としてのBorn to Run

カバーヨ・ブランコが亡くなったというニュースを聞きました。「誰よ?」という人のために補足をすると、最近のベアフット系シューズの流行の元となった「Born to Run 走るために生まれた(以下、B2R)」という本の登場人物で、作者とタラフマラ族の間を繋ぐ存在として登場します。実在の人物です。

それが大きなニュースなのか、といえば、少なくともこの本を読んだことのある人にはそれなりに思うところもあるでしょう。実際にtwitteronyourmarkなどでも一定の反応があります。社会的な部分でいえば、ここ数年のランニングブーム、ナイキフリーを代表とした「裸足感覚」シューズの流行の流れなどはこの本抜きには語れません。

何故そうなのか、という説明にはB2Rを要約しなければならないのですが、この本には大きく分けては3つのテーマがあります。ひとつはランニング障害とその原因、ひとつは最新の学説に基づく人類学の提示、ひとつはタラフマラ族とウルトラマラソンのルポルタージュです。

ヒットの原因になったのは1つめのランニング障害が大きいと思います。既存のランニングの常識に疑問符を投げかけるもので、足底筋膜炎を代表としたランニング障害の原因を高機能ランニングシューズによるものとし、裸足で走ることで解消できるのだという内容です。

の理屈をもう少し正確に記述すると、クッション付きのシューズを使うことでカカトから着地するフォームで走ることになり、加えて靴の機能によって実力以上に走れてしまうので、負荷が過剰にかかって故障が発生してしまう。これを人体構造的に正しい走り方に直せば故障は発生しなくなる、というものです。

これはナイキやアディダスなどの大企業がクッショニングの研究を積み重ね、商品に反映していった末の皮肉な結果ではあるのですが、裸足云々よりも、肝は前足部から着地することです。クッション性の高い靴は、カカトが分厚くなっている分、どうしてもカカトから踏み込むようなフォームならざるを得ません。クッションがあってもソールが薄ければあまり問題はないと思います。

足底筋膜炎という故障はしつこい上にやたらと痛く、有効な治療法もないので悩んでいる人は多くいます。そういう人にとっては(私も含め)問題点に気づくきっかけとなりえる本なのですが、なかなかレビュー書けずにいました。残り2つのテーマに絡むところですが、この本の底流にあるニューエイジ的な要素が無視できないほど濃厚なのです。

ニューエイジについてはWikipediaの記述(こちら)が非常に分かりやすく、フェアに書かれているのでそちらを読んでいただくのが良いと思います。この本の基本的な筋書きとしても、ナイキなどの巨大資本がよってたかって作り上げた製品(高機能ランニングシューズ)によって痛めつけられた足を持つ作者が、カバーヨ・ブランコを通したタラフマラ族との出会いによって、自らのうちに隠されていた可能性を「発見」するという、ニューエイジによくあるパターンを踏襲しています。それに対して都合のよい学説をガンガン引用してくる。こうしたスタイルを抜きにしても、例えば社会に危機感が高まるとランニングブームが起きるとか、根拠はないがいかにもそれっぽく、また危うい記述がさらっと紛れ込んでいます。

この点を、作者は、二転三転するタラフマラ族の探索行や、引用してきた学説に基づく科学読み物的なお話、ウルトラトレイルランに関する様々な逸話によって隠しつつ、カバーヨ・ブランコという人物を中心としたウルトラランナー達の物語を大団円に導いていきます。

闇ボクシングに参加していたカバーヨ・ブランコにせよ、ヒッピー臭いベアフット・テッドにせよ、この本に登場するアメリカ人たちはどう見ても社会不適応者達ばかりなのですが、その辺りも上手くぼかして書きつつ、上記の物語類型のなかに押し込めてあります。この筆致の巧みさは特筆すべきものです。

という具合に、とても皮肉かつ批判的な書き方になるのですが、ニューエイジはカルトなんだからしょうがい。B2Rにしても、一部では裸足ランニングのバイブルだなんて言われていますが、そのように言っている人は気づかない間にこの本の記述の構造に取り込まれています。

カバーヨ・ブランコに戻ると、本名ではなくタラフマラ族から与えられた名前です(そのようです)。B2Rのなかでの彼は、神秘的な部族のなかに一人で入り込んでいって、彼らの秘儀を学んでメンバーとして認められ、作者との仲立ちをするというものなのですが、「世界ふしぎ発見」に出てきたタラフマラ族の様子をみるとけっこう世俗的というか、どこまでB2Rでの書き方が正しいのかは何ともいえないところではあります。

タラフマラ族といえば、アントナン・アルトーがその作品のなかで取り上げたことで有名(?)になりました。実は折口信夫も少しだけ彼らについて言及していたりします(いったいどこから情報を仕入れたのか?)。ベアフット・テッドが彼らに興味を持ったのも、こうした背景があるのではないかと思ってはいます。そのアルトーも、オクタビオ・パスによれば彼がタラフマラ族のもとを訪れた証拠がないらしいですし、どうも昔からある種の幻想を抱かせる対象なのかも知れません。

果たして亡くなったのがカバーヨ・ブランコなのか、それとも身元不明の放浪米国人なのか、彼にとってどちらか良かったのかは最早誰にも分かりませんが、そのあり方が本人にとって納得のいくものであったことを願うばかりです。

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